建設業の高齢者と高所作業|年齢制限と法律上の義務を解説

「うちのベテラン社員も65歳を過ぎた。足場の上での作業を任せても大丈夫だろうか?」 「高齢者の高所作業に、法律上の年齢制限ってあるの?」
建設業の経営者や現場責任者の方で、このようにお考えではありませんか。 経験豊富な高齢の従業員は現場にとって貴重な戦力ですが、その一方で安全面への配慮は欠かせません。特に、一歩間違えれば大事故につながる高所作業については、法的な基準や企業の責任を正確に理解しておく必要があります。
この記事では、建設業における高齢者の高所作業に関する法的な位置づけと、事業者が果たすべき安全配慮義務について、専門家の視点から分かりやすく解説します。
最後までお読みいただくことで、高齢の従業員が安全に、そして安心して働き続けられる職場環境を整えるための具体的な方法が分かります。
目次
結論:高所作業に法的な年齢制限はない
まず結論からお伝えすると、建設業の高所作業に、法律で定められた一律の年齢制限(上限)はありません。 つまり、「〇歳以上は高所作業をさせてはならない」といった明確な禁止規定は、現在の日本の法律には存在しないのです。
法律による一律の年齢上限はないという事実
労働安全衛生法や労働基準法において、年少者(18歳未満)や妊産婦に対しては、高所作業や重量物を取り扱う業務などが明確に禁止されています。
しかし、高齢者(65歳以上など)については、就業を制限する具体的な年齢の上限は定められていません。そのため、70歳の方であっても、健康状態や身体能力に問題がなければ、法的には高所作業に従事すること自体は可能です。
年齢制限より重要な事業者の「安全配慮義務」
年齢制限がないからといって、何も配慮せずに高齢者に高所作業を任せて良いわけではありません。法律は年齢で一律に制限する代わりに、事業者に対して「安全配慮義務」を課しています。
安全配慮義務とは、労働者が安全で健康に働けるように、企業が必要な配慮をする義務のことです。もし、この義務を怠った結果、労働災害が発生した場合、企業は法的な責任を問われる可能性があります。
高齢の従業員については、加齢による心身機能の低下がみられるため、事業者には若年者以上に慎重な安全配慮が求められます。
労働安全衛生規則が定める高所作業の定義
そもそも、法律上で「高所作業」とはどのような作業を指すのでしょうか。 労働安全衛生規則では、「高さが2メートル以上の箇所であって作業床を設けることが困難なところ」と定義されています。
具体的には、以下のような場所での作業が該当します。
- 足場の組立・解体・変更
- 鉄骨の梁の上
- 屋根やスレートの上
- 脚立やはしごの上
これらの場所で作業を行う際は、年齢にかかわらず、墜落制止用器具(安全帯)の使用など、法令で定められた墜落・転落防止措置を講じる義務があります。
高齢者の就業を定める法律と事業者の義務
高齢者の就業に関しては、主に「労働安全衛生法」が関わってきます。ここでは、事業者が知っておくべき法律のポイントと、違反した場合のリスクについて解説します。
労働安全衛生法における高齢者への配慮(努力義務)
労働安全衛生法では、高齢者の安全と健康を確保するため、事業者に対して特別な配慮を求めています。これは「禁止」や「義務」ではなく、「努力義務」として定められているのが特徴です。
厚生労働省は具体的なガイドラインとして「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」を公表しており、事業者が取り組むべき措置を例示しています。
高齢者が年齢を重ねても安心・安全・快適に暮らし、働き続けられるように、職場環境や、働き方などを整備する取り組みのことです。
主な内容は以下の通りです。
- 安全衛生管理体制の確立
- 職場環境の改善
- 高年齢労働者の健康や体力の状況の把握
- 高年齢労働者の状況に配慮した業務の提供
- 安全衛生教育の実施
安全衛生管理体制の確立
高年齢労働者が、職場で感じた労働安全衛生上のリスクや、業務上の負担、自身の体調不良などを気軽に相談できるよう、社内に相談窓口を設置をしたり、孤立することなく、何でも話せる風通しの良い職場づくりに努めます。
職場環境の改善
身体機能の低下を補う設備・装置の導入です。
対策の例
- 作業場所の照度を確保
- 階段には手すりを設け、可能な限り通路の段差を解消
- 涼しい休憩場所を整備し、通気性の良い服装を準備
- 解消できない危険箇所に標識等で注意喚起
- 床や通路の滑りやすい箇所に防滑素材(床材や階段用シート)の採用
などが挙げられます。
高年齢労働者の健康や体力の状況の把握
- 労働安全衛生法で定められた健康診断の対象となる労働者に対して、事業場の実情に応じて、適切な健康診断を実施するよう努めます。
- 事業者と高年齢労働者の双方が、体力の状況を客観的に把握できるようにし、事業者はその体力に応じた作業に従事させます。
- 高年齢労働者自身が身体機能の維持、向上に取り組めるよう、主に高年齢労働者を対象とした体力チェックを継続的に実施するよう努めます。
などが挙げられます。
高年齢労働者の状況に配慮した業務の提供
- 状況に応じて、業務の軽減等の就業上の措置を実施します。その際には、十分な話合いを通じて本人の了解が得られるよう努めます。
- 個々の労働者の健康や体力状況に応じ、安全と健康の点で適合する業務をマッチングさせるよう努めます。
安全衛生教育の実施
- 身体機能の低下によるリスクを自覚し、体力維持や生活習慣の改善の必要性を理解することが重要です。
- 教育者や管理監督者、共に働く労働者に対しても、高年齢労働者の特徴と対策についての教育を行うよう努めます。
- 勤務シフト等から集合研修が困難な場合は、視聴覚教材を活用した教育も有効です。
これらの措置は、あくまで努力義務であり、実施しなかったこと自体に直接的な罰則はありません。しかし、安全配る義務を果たす上で非常に重要な指針となります。 (参考:厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」)
労働基準法における年少者・妊産婦との違い
高齢者への配慮が「努力義務」であるのに対し、労働基準法では年少者(満18歳未満)や妊産婦の就業制限を「義務(禁止規定)」として明確に定めています。
- 年少者(満18歳未満) 高さ5メートル以上での墜落の危険がある場所での業務や、足場の組立・解体業務などを禁止。
- 妊産婦 妊娠中の女性が請求した場合、高所作業や重量物を取り扱う業務などを禁止。
このように、法律は高齢者に対して一律に作業を禁止するのではなく、個々の心身の状況に応じて事業者が配慮することを求めている、という点が大きな違いです。
違反した場合の罰則と企業の責任
前述の通り、高齢者の就業制限に関する努力義務には直接的な罰則はありません。 しかし、安全配慮義務を怠った結果、労働災害が発生した場合は話が別です。
企業は、民事上の損害賠償責任(民法第715条:使用者責任など)や、刑事上の責任(労働安全衛生法違反、業務上過失致死傷罪など)を問われる可能性があります。
裁判では、「エイジフレンドリーガイドライン」に沿った対策を講じていたかどうかが、安全配慮義務を果たしていたかを判断する一つの材料になります。高齢の従業員を雇用する以上、これらのガイドラインを遵守し、具体的な対策を講じることが企業のリスク管理において不可欠です。
高齢者に配慮すべき禁止・制限作業の具体例
では、具体的にどのような作業が高齢者にとってリスクが高いのでしょうか。加齢による身体機能の変化を踏まえ、特に配慮が必要な作業の例を挙げます。
高所作業(足場・脚立・屋根上)
高所作業は、平衡感覚の低下や筋力の衰えにより、転倒・墜落のリスクが特に高まります。 若い頃は問題なくこなせていた作業でも、俊敏な動きが難しくなったり、ふとした瞬間にバランスを崩しやすくなったりします。特に、不安定な足場や脚立上での作業は、原則として避けるべきでしょう。
重量物を取り扱う作業
筋力や持久力の低下により、重量物の運搬は腰痛や転倒の原因となります。 一人で抱える重さの上限を見直したり、台車やクレーンなどの補助具を積極的に活用したりする配慮が必要です。無理な姿勢での作業は、ぎっくり腰などの急性疾患を引き起こすリスクも高まります。
車両系建設機械の運転作業
視力や聴力、注意力の低下は、建設機械の運転に大きな影響を及ぼします。 周囲の作業員や障害物への認知が遅れ、接触事故につながる危険性があります。また、長時間の運転は集中力の維持が難しくなるため、こまめな休憩や交代制の導入が望まれます。
深夜業や有害物質を取り扱う業務
体温調節機能や免疫力の低下により、不規則な勤務や有害な環境への適応が難しくなります。 深夜業は体内リズムを崩し、疲労が蓄積しやすくなります。また、粉じんや化学物質を扱う作業は、呼吸器系への影響が若年者よりも大きく現れる可能性があります。健康状態を慎重に確認し、配置を検討する必要があります。
企業が講じるべき具体的な安全対策
高齢の従業員が安全に働き続けるために、企業はどのような対策を講じればよいのでしょうか。今日からでも始められる具体的な取り組みを紹介します。
作業内容の見直しと無理のない適正配置 最も重要なのは、個々の体力や能力に応じた作業配置です。高所作業や重量物運搬といった身体的負荷の高い業務から、軽作業や監視業務、若手への技術指導といった役割へシフトすることを検討しましょう。本人の経験や意向も尊重しながら、無理のない働き方を一緒に考える姿勢が大切です。
健康状態の把握と就業上の措置 定期健康診断の結果を基に、産業医や主治医の意見を聞き、就業上の措置(作業の転換、労働時間の短縮など)を決定します。特に、高血圧や心疾患、めまいなどの既往歴がある従業員については、高所作業は原則禁止とすべきです。日々の朝礼などで健康状態を確認する「健康チェック」も有効です。
定期的な安全衛生教育の実施 加齢による身体機能の変化や、それに伴うリスクについて、本人に自覚してもらうための教育が重要です。「自分はまだ大丈夫」という過信が事故につながるケースは少なくありません。事故事例やヒヤリハット体験を共有し、安全意識を再確認する機会を定期的に設けましょう。
作業環境の改善(照度確保・通路整備) 高齢になると、暗い場所で物が見えにくくなったり(暗順応の低下)、小さな段差でつまずきやすくなったりします。作業場所の照度を確保する、通路の段差をなくして整理整頓を徹底するなど、ハード面での環境改善も事故防止に効果的です。
年齢別(65歳・70歳以上)の配慮事項
画一的な年齢制限はありませんが、年齢が上がるにつれて心身機能の変化が顕著になるのも事実です。ここでは、年齢を目安とした配慮のポイントを解説します。
60歳以上で考慮すべき身体機能の変化
60歳を過ぎると、多くの人に以下のような身体機能の変化が見られ始めます。
- 視力・聴力の低下
- 平衡感覚・俊敏性の低下
- 筋力・持久力の低下
- 体温調節機能の低下
これらの変化を前提として、作業計画を立てることが重要です。特に高所作業や車両の運転など、感覚器の機能が重要となる作業については、本人の状態を慎重に見極める必要があります。
65歳以上の労働者への特別な配慮
65歳は、一般的に「高齢者」と認識される一つの節目です。この年齢層の従業員に対しては、より一層の配慮が求められます。
- 健康状態の個人差が大きくなるため、画一的な対応ではなく、一人ひとりの状況に応じた個別管理を徹底する。
- 高所作業や重量物運搬などの高負荷作業は、原則として担当させない方向で検討する。
- 若手への技術指導や現場の安全パトロールなど、経験を活かせる役割への配置転換を積極的に進める。
70歳以上の就業と作業制限の考え方
70歳を超えると、さらに身体機能の低下が進むことが一般的です。70歳以上の従業員に建設現場での肉体労働、特に高所作業を任せるのは、安全管理上、極めて高いリスクを伴います。
法的な禁止規定はないものの、企業の安全配慮義務を果たすという観点からは、原則として高所作業や重量物運搬、車両系建設機械の運転といった危険作業からは完全に外すのが賢明な判断と言えるでしょう。本人の知識や経験を活かせる、身体的負担の少ない業務への配置を最優先に検討してください。
建設業の高齢者雇用に関するQ&A
最後に、建設業の高齢者雇用に関してよく寄せられる質問にお答えします。
Q. 70歳でも足場の作業は可能か?
A. 法律上は可能ですが、安全配慮義務の観点から推奨されません。 前述の通り、70歳以上の方に足場上での作業をさせることは、転倒・墜落のリスクが非常に高く、企業の安全配慮義務違反を問われる可能性が極めて高いです。万が一の事故を防ぐためにも、原則として避けるべきです。
Q. 高血圧の従業員に就業制限は必要か?
A. はい、特に高所作業などは制限が必要です。 高血圧は、脳卒中や心筋梗塞のリスクを高めるだけでなく、めまいや立ちくらみを引き起こす可能性があります。高所作業中にこれらの症状が起これば、即座に墜落事故につながります。医師の診断に基づき、作業内容を制限するなどの就業上の措置を講じる必要があります。
Q. 高齢者の就業に関する届出や報告書は必要か?
A. 現時点では、高齢者の就業自体を届け出る特別な義務はありません。 ただし、労働安全衛生法に基づき、労働者が50人以上の事業場では「労働者死傷病報告」を労働基準監督署長に提出する義務があります。労働災害が発生した場合は、年齢にかかわらずこの報告が必要です。
まとめ
今回は、建設業における高齢者の高所作業について、法律上の規定と事業者が講じるべき対策を解説しました。
最後に、重要なポイントを振り返ります。
- 高所作業に法律上の年齢上限はないが、事業者は重い「安全配慮義務」を負っている。
- 高齢者への配慮は、年少者などと違い「禁止」ではなく「努力義務」だが、義務違反は企業の責任問題に発展する。
- 高所作業、重量物運搬、車両運転などは、加齢による身体機能の低下でリスクが増大するため、特に配慮が必要。
- 企業は、適正配置、健康管理、安全教育、環境改善といった具体的な対策を講じる必要がある。
- 年齢が上がるほどリスクは高まり、特に70歳以上の高所作業は原則として避けるべき。
高齢の従業員は、長年培ってきた技術と経験を持つ、かけがえのない財産です。その貴重な人材が、安全に、そして誇りを持って働き続けられる環境を整えることが、これからの建設業界にとってますます重要になります。
この記事を参考に、ぜひ自社の安全管理体制を見直し、すべての従業員が安心して働ける職場づくりを進めてください。







