建設現場の労働災害|原因別の事故事例と安全防止対策

「うちの現場は大丈夫だろうか…」 建設現場の安全管理を担当されている方なら、一度はそんな不安を感じたことがあるかもしれません。同業他社で起きた事故の話を耳にしたり、自社の現場でヒヤリハットが発生したりすると、その不安はさらに大きくなるでしょう。
建設現場における労働災害は、企業の存続をも揺るかねない重大な問題です。ひとたび重大事故が発生すれば、被災した従業員やそのご家族はもちろん、会社も計り知れないダメージを受けます。
この記事では、建設現場の安全管理に携わる現場監督や職長、経営者の方々に向けて、労働災害を未然に防ぐための知識を網羅的に解説します。
最新の統計データから事故の傾向を読み解き、具体的な事故事例とその原因、そして明日から現場で実践できる具体的な安全対策まで、あなたの現場から事故をなくすためのヒントがここにあります。
目次
建設業における労働災害の発生状況
まず、建設業でどれくらいの労働災害が発生しているのか、客観的なデータから現状を把握しましょう。建設業は全産業の中でも労働災害の発生率が依然として高い状況にあります。
最新データで見る死亡災害・死傷災害の推移
厚生労働省の発表によると、令和4年における労働災害による死亡者数は全産業で774人でした。そのうち、建設業の死亡者数は281人と最も多く、全体の約36%を占めています。
また、休業4日以上の死傷者数(死亡災害を除く)は、全産業で132,355人に対し、建設業は15,161人となっています。これらの数値は、建設現場に潜む危険性の高さを物語っています。
長期的には減少傾向にあるものの、依然として多くの尊い命が現場で失われているという現実から目を背けることはできません。
(参考:厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_33256.html)
事故の型別発生状況ワースト5
建設業の労働災害を事故の型別に見ると、どのような事故が多いのでしょうか。令和4年の死傷災害(休業4日以上)のデータから、ワースト5を見てみましょう。
| 1.墜落・転落 | 4,594人 |
| 2.転倒 | 1,734人 |
| 3.はさまれ・巻き込まれ | 1,706人 |
| 4.飛来・落下 | 1,318人 |
| 5.切れ・こすれ | 1,272人 |
最も多いのは「墜落・転落」であり、死亡災害においても最大の原因となっています。足場や開口部、脚立からの転落など、高所作業が伴う建設現場特有のリスクが明確に表れています。
業種別に見る労働災害の発生割合
全産業の中で、建設業の労働災害が占める割合は非常に高いです。 特に死亡災害においては、建設業が突出して多く、運輸交通業、製造業と続きます。
この背景には、屋外での高所作業や重機の使用、天候の影響、複数の専門業者が混在する作業環境など、建設業特有の複合的なリスク要因が存在します。だからこそ、専門的な知識に基づいた計画的な安全管理が不可欠なのです。
建設現場の主な事故事例
統計データだけではイメージしにくいかもしれません。ここでは、実際に現場で起こりうる代表的な労働災害を、具体的な事故事例とともに解説します。
墜落・転落災害の事故事例と原因
墜落・転落災害は、建設業における死亡災害の最大の原因です。
事故事例
- ビルの新築工事現場で、作業員が足場上を移動中、資材を避けようとして身を乗り出した際にバランスを崩し、手すりが設置されていなかった箇所から約10m下の地上へ墜落した。
主な原因
- 安全帯(要求性能墜落制止用器具)の不使用または不適切な使用
- 作業床の開口部や端部への手すり、囲い等の未設置
- 悪天候(強風、雨、雪)による足場の滑り
- 脚立や可搬式作業台の不適切な設置・使用
はさまれ・巻き込まれ災害の事故事例と原因
建設機械やクレーンなど、重機が稼働する現場では、はさまれ・巻き込まれ災害のリスクが常に伴います。
事故事例
- バックホウ(油圧ショベル)が旋回した際、後方にいた誘導員が運転手の死角に入ってしまい、車体と壁の間に挟まれた。
主な原因
- 建設機械の作業範囲内への安易な立ち入り
- 運転手と作業員間の合図・コミュニケーション不足
- 機械の安全装置(インターロック等)の無効化
- 回転物(コンベア、ドリル等)への衣服の巻き込まれ
飛来・落下災害の事故事例と原因
高層化が進む建設現場では、上層階からの資材や工具の落下が重大な事故につながります。
事故事例
- 足場解体作業中、上層階の作業員が誤ってハンマーを落下させてしまい、下で作業していた作業員のヘルメットを直撃した。
主な原因
- 資材や工具の整理整頓不足
- 防網や幅木の設置不備
- 強風による仮設物やシートの飛散
- クレーンでの玉掛け作業の不備による吊り荷の落下
建設用重機・クレーンによる災害の事故事例
重機やクレーンの操作ミスや転倒は、一度起これば甚大な被害をもたらす大事故につながりやすいのが特徴です。
事故事例
- 軟弱な地盤にアウトリガーを十分に張り出さずに移動式クレーンを設置。定格荷重を超える資材を吊り上げようとしたところ、バランスを崩してクレーンごと転倒した。
主な原因
- 無資格者による運転・操作
- 地盤の強度確認不足、アウトリガーの設置不良
- 定格荷重の超過(過負荷)
- 強風時の作業強行
感電災害の事故事例と原因
仮設電源や電動工具を多用する建設現場では、感電災害のリスクも無視できません。
事故事例
- 雨天の中、屋外で電動ドリルを使用していた作業員が、コードの被覆が損傷していた部分に触れて感電した。
主な原因
- 電動工具や配線コードの絶縁不良、損傷
- 漏電遮断器の未設置または作動不良
- 高圧線や架空電線へのクレーンブーム等の接触
- 濡れた手での電気機器の操作
労働災害が発生する根本的な原因分析
なぜ、これほど多くの労働災害が繰り返されるのでしょうか。事故の背景には、大きく分けて「不安全な状態」と「不安全な行動」という2つの要因があります。
不安全な状態の具体例
「不安全な状態」とは、物的な危険性や作業環境の欠陥を指します。これらは、適切な設備投資や点検によって排除・改善できるものです。
- 防護措置の欠陥:手すりや安全ネットが設置されていない、機械の安全カバーが外されているなど。
- 物の欠陥:損傷した足場板、老朽化したワイヤーロープ、絶縁不良の電動工具など。
- 作業環境の欠陥:作業スペースが狭い、照度が不足している、整理整頓がされていないなど。
- 保護具の不備:ヘルメットや安全帯が支給されていない、または劣化している。
不安全な行動の具体例
「不安全な行動」とは、労働者自身の危険な行動や誤った作業方法を指します。ヒューマンエラーとも呼ばれますが、その背景には個人の問題だけでなく、組織的な要因が隠れていることも少なくありません。
- 危険な場所への接近:クレーンの吊り荷の下に入る、機械の稼働範囲内に立ち入るなど。
- 安全装置の無効化:安全カバーを外したまま機械を動かす、インターロックを解除するなど。
- 保護具の不使用:高所作業で安全帯を使わない、ヘルメットのあご紐を締めないなど。
- 誤った操作・手順:無資格での重機運転、不適切な手順での作業など。
- 危険な速度での操作:フォークリフトの速度超過、機械の無理な操作など。
ヒューマンエラーを防ぐためのアプローチ
「不安全な行動」の多くはヒューマンエラーに起因しますが、「気をつけろ」という精神論だけでは防げません。なぜエラーが起きたのか、その背景にある要因を探ることが重要です。
- 教育、訓練不足 正しい作業手順や危険性に関する知識が不足している。
- 心身の不調 疲労、睡眠不足、ストレスなどが注意力を低下させる。
- 慣れや過信 「いつもやっているから大丈夫」という思い込みが危険な行動につながる。
- 無理な工期や指示 焦りから安全手順を省略してしまう。
これらの要因を取り除くためには、十分な安全教育の実施、適正な人員配置と工期設定、働きやすい職場環境の整備といった組織的なアプローチが不可欠です。
安全管理体制の不備
個々の状態や行動だけでなく、会社や現場全体の安全管理体制そのものに問題があるケースも少なくありません。
- 安全管理計画が作成されていない、または形骸化している。
- 現場の責任者(職長など)への権限移譲や教育が不十分。
- 下請業者との安全に関する打ち合わせや連携が不足している。
- 安全パトロールや点検が定期的・効果的に実施されていない。
安全は経営の最優先課題であるというトップの強い意志と、それを実行するための具体的な体制構築が、労働災害防止の根幹となります。
現場で実践すべき具体的な安全対策
労働災害を防ぐためには、原因を理解した上で、具体的な対策を講じる必要があります。ここでは、明日からでも現場で実践・強化できる具体的な安全対策を紹介します。
新規入場者教育動画の活用
新規入場者教育を動画化して活用することで、現場での安全指導を短時間で確実に実施でき、事故防止に直結する「統一された安全対策」を実現できます。
建設現場では作業員が頻繁に入れ替わるため、教育の質を一定に保つことが難しく、口頭説明では内容のばらつきや説明漏れが発生しがちです。動画教育であれば、どの現場・誰が説明しても同じ内容を安定して伝えられ、安全対策の第一歩である“基礎ルールの徹底”を確実に行えます。
- 動画で視覚的に伝えられるため、危険箇所や基本ルールが初めての作業員にも理解しやすい。
- 外国人労働者向けの多言語対応も可能で、伝達漏れや誤解による事故を防げる。
- 繰り返し視聴できるため、理解の定着を促し、教育の抜け漏れを防止。
- 指導者の説明時間が大幅に減るため、人手不足の現場でも安全指導体制を強化でき、教育の負担軽減にもつながる。
リスクアセスメントの実施と危険予知活動(KY活動)
リスクアセスメントとは、現場に潜む危険性や有害性を特定し、それらを除去・低減するための方策を検討・実施する一連の手順です。作業開始前にこれを行うことで、計画段階で事故の芽を摘むことができます。
そして、日々の作業前に行うのが危険予知活動(KY活動)です。
KY活動の進め方
- 現状把握:「どんな危険がひそんでいるか?」を全員で話し合う。
- 本質追究:「これが危険のポイントだ」と重要度の高い危険を絞り込む。
- 対策樹立:「あなたならどうする?」と具体的な対策を考える。
- 目標設定:「私たちはこうする」とチームの行動目標を決め、指差し唱和する。
KY活動を形骸化させず、全員参加で真剣に行う文化を醸成することが、現場の安全意識を高める鍵となります。
ヒヤリハット報告制度の導入と活用方法
「ヒヤリ」「ハッ」とした経験は、重大な事故につながる一歩手前の貴重な情報です。ヒヤリハット報告制度を導入し、小さな危険の情報を収集・分析・共有することで、事故を未然に防ぐことができます。
成功のポイント
- 報告しやすい仕組み 簡単な様式にし、スマホアプリなどを活用して手軽に報告できるようにする。
- 報告者を責めない 報告したことで不利益を被ることがないよう、「報告ありがとう」という文化を作る。
- フィードバック 報告された内容に対して、どのような対策を講じたかを必ず共有する。
集まったヒヤリハット事例は、朝礼や安全教育の教材として活用することで、現場全体の危険感受性を高めることができます。
安全パトロールのチェックリストと実施ポイント
定期的な安全パトロールは、現場の「不安全な状態」を発見し、是正するために不可欠です。
パトロールのポイント
- 報告しやすい仕組み 簡単な様式にし、スマホアプリなどを活用して手軽に報告できるようにする。
- 報告者を責めない 報告したことで不利益を被ることがないよう、「報告ありがとう」という文化を作る。
- フィードバック 報告された内容に対して、どのような対策を講じたかを必ず共有する。
ただ見て回るだけでなく、作業員とコミュニケーションを取り、現場の声を聞くことも、隠れた問題点を発見する上で非常に重要です。
労働災害発生時の対応フローと報告義務
万が一、労働災害が発生してしまった場合に備え、冷静かつ迅速に対応するための手順をあらかじめ確認しておくことが重要です。パニックは二次災害を引き起こす原因にもなります。
事故発生直後の初期対応と救護措置
最優先すべきは被災者の救命救護です。

関係各所への連絡体制とフローチャート
初期対応と並行して、あらかじめ定めた連絡網に基づき、関係各所へ迅速に連絡します。

誰が、誰に、どの順番で連絡するかをフローチャートなどで明確にしておくと、いざという時に混乱を防げます。
労働者死傷病報告の提出義務と手順
労働者が労働災害により死亡または休業した場合、事業者は労働基準監督署長に「労働者死傷病報告」を提出する義務があります。
- 休業4日未満の場合:四半期ごとに(1~3月分を4月末日までに、というように)、様式第24号で報告します。
- 休業4日以上または死亡の場合:事故発生後、遅滞なく様式第23号で報告します。
この報告は法律で定められた義務であり、怠ると罰則の対象となります。
労災保険の手続きと労災隠しのリスク
労働災害と認定されると、被災した労働者は労災保険から治療費や休業中の賃金補償などの給付を受けられます。事業者は、この手続きに協力する義務があります。
「労災隠し」とは、労働者死傷病報告を故意に提出しない、または虚偽の内容で提出することです。これは犯罪行為であり、以下のような重大なリスクを伴います。
- 刑事罰:労働安全衛生法違反として、50万円以下の罰金が科される可能性があります。
- 企業の信用の失墜:公共工事の指名停止処分を受けるなど、事業の継続が困難になる場合があります。
- 従業員との信頼関係の崩壊:安全を軽視する企業体質が露呈し、従業員の離職や士気の低下につながります。
事故は隠さず、誠実に対応することが、結果的に企業を守ることにつながります。
建設業の労働災害に関するよくある質問
最後に、建設業の労働災害に関して現場の管理者や経営者の方からよく寄せられる質問にお答えします。
下請業者の従業員が被災した場合の元請の責任は?
元請事業者にも重い責任が問われます。 労働安全衛生法では、特定元方事業者(元請)は、下請業者の労働者が混在して作業する場所において、事故を防止するための様々な措置を講じる義務が定められています。
具体的には、協議組織の設置・運営、作業場所の巡視、関係請負人への指導などが求められます。これらの義務を怠った結果、下請業者の労働者が被災した場合、元請事業者の安全配慮義務違反が問われる可能性があります。
労災隠しが発覚した場合の罰則は?
前述の通り、労災隠しは労働安全衛生法第100条(報告義務)および第120条(罰則)に違反する犯罪行為です。発覚した場合、50万円以下の罰金に処せられます。
罰金だけでなく、公共工事の入札参加資格停止などの行政処分を受けるリスクもあり、企業経営に深刻な影響を及ぼします。
一人親方が現場で事故にあった場合の扱いは?
一人親方とは、労働者を使用せずに事業を行う個人事業主のことです。原則として労働者ではないため、労災保険の対象にはなりません。
しかし、労災保険の「特別加入制度」に任意で加入していれば、業務中や通勤中の災害について、労働者と同様の補償を受けることができます。元請事業者は、現場に入る一人親方が特別加入しているかを確認し、未加入の場合は加入を促すことが、安全管理上望ましい対応と言えます。
まとめ
建設現場の労働災害は、決して他人事ではなく、どの現場でも起こりうる身近なリスクです。そこで重要なのが安全管理です。安全管理は、一度行えば終わりというものではありません。経営者から現場で働く一人ひとりの作業員まで、全員が「安全はすべてに優先する」という意識を共有し、日々の業務の中で地道な努力を積み重ねていくことが、ゼロ災害の達成につながります。
この記事が、あなたの現場の安全管理体制を見直し、尊い命と企業の未来を守るための一助となれば幸いです。







